けろけろの考えごと

無駄な思考もいつかは再利用できると信じて

温かいお湯を、簡単に。

 

月曜日に母方の祖母の家に訪れた。

最近は月に2.3回訪れるのが当たり前になっている。

祖母の年齢はもう70を過ぎたが、まだまだ気力は衰えない元気なおばあちゃんだ。

気力の高さを示すエピソードの1つとして、10年ほど前に祖母は脚を痛めたことがあった。

原因は私は分からないが、一時期はずっとベッドの上で寝たきりの生活になってしまった。

しかし、祖母はそれがとてもとても悔しくて、持ち前の気力で毎日毎日ベッドのある部屋で歩行練習をして、今はふつうに歩けるようになった。

他にも様々な話があるが、ここには書けないような内容ばかりで少し困ったものだ。

そんな気力が高い祖母だが、やはり70歳を過ぎてから身体の能力が衰えはじめた。

特に片腕が肩よりも上がらなくなってしまった。

だが、まだまだ身の回りのことは祖母自身が一人で行っている。

 

毎日朝昼晩、茶葉を詰めた急須にお湯を入れ、ご飯の用意にもたまにお湯を使う。

お湯の用意には、毎回給湯ポットを使っている。

その給湯ポットも、私が小さい頃からあるものだ。

その給湯ポットはコンビニに置いてあるような、給湯と書かれたボタンをポチッと押すタイプのではなく、蓋の真上に拳くらいの沈むボタンがあるタイプだ。

そういうタイプの給湯を、エアー給湯と言うらしい。

 

 

まさにこのアマゾンで売っているのと同じ形状で、小さいボタンが一つもない分、とてもシンプルで使いやすい。

 

しかし、もう何年も使い古されたものだからか、一回押したときの給湯される量がかなり少なくなっている。

小さい急須にお湯を入れるために何回も、力強く押さなくてはならない。

 

「何回も押さないといけないから大変なんだけどねぇ。」

 

あまり腕が上がらなくなってきた祖母には毎回の如く辛い作業に感じているだろう。

そんな状態だから、私が家に訪れたときは毎回急須にお湯を入れる係だ。

 

「お前がいるといつも助かるよ。」

 

いつもそう言ってくれる祖母だが、私は毎日手伝いに行ける身分ではない。

私がいない日はいつも祖母が1人頑張ってお湯を注いでるのだ。

 

よし、私が買ってあげよう。

 

月曜日、祖母の家に訪れた私はAmazonで新しい給湯ポットを購入した。

 

 

もう70を過ぎた祖母のために、なるべくシンプルで、強い力が必要のないボタンタイプのを選んだ。

ボタンは全部で4つ。給湯ボタンは黄色く大きいので見やすい表示になっている。

容量も今使っているのと同じ2.2Lの大容量だ。

お湯を沸かす、注ぐ、保温以外、無駄な機能はない。

 

「少しボタンが増えて今使っているのと違うけど大丈夫?」

 

「まだあたしはボケてないから覚えられると思うよ。」

 

祖母はそう返事をしてくれて少し安心した。

 

実はまだ、私は実物を見てもなければ使ってもない。

昨日、水曜日に祖母の家に届いたほずだ。

おそらく、私の母がセッティングをしてくれたと思う。

 

初めは戸惑うだろうか。

 

ちゃんと使い慣れてくれるだろうか。

 

不安と期待で、私の胸の中は埋め尽くされている。

 

次、祖母の家に行くのが待ち遠しい。

 

  

今週のお題「2018年に買ってよかったもの」